東日本大震災で被災してからのこと

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被災中の食生活

我が家の場合、ライフライン復旧までの期間は
電気 2日後
ガス 3日後(プロパンだから早かった。都市ガスは1か月半後。)
水道 3週間後(水道管は直ってたけど、マンションの貯水タンクが壊れてた。)
でした。

とりあえずライフラインが全滅している間はカセットコンロ、ガスが復活してからは普通にガスを使って調理をしていました。
水がない&食料の調達ができないため、しばらくサバイバルな生活を余儀なくされました。

物の流通がそれなりにまともになった(買い物に不便を感じなくなった)のは震災から1ヵ月半〜2か月後ぐらいでした。

被災中のご飯

これは確か3/12の朝ごはん……だったかな?
カセットコンロでご飯を炊き、卵を焼いています。
ご飯の上にかかっているのは、お弁当に使う混ぜるワカメ……だと思う、多分。
たまたまHPのコンテンツ(仙台甘いもの土産)に追加しようと喜久福の生クリーム大福をたくさん買っていたので、それを毎日食べていました。

被災中のご飯

これは電気が復旧した後の、ある日の晩ご飯。
冷蔵庫に残っていた野菜と肉をカセットコンロでスープにしたものと、ホームベーカリーで焼いたバナナ食パンの切れ端とおにぎりです。
食欲がわかないため、1日2食でした。
4キロやせたよ〜(実家に避難した後、数日で元に戻りました)

幸い電気が復旧したのが早かったので、食材と水さえあれば調理はいくらでもできる状態でした。
ただ、食材も水も手に入れるのが一苦労……というか全く手に入らない状態だったので、家にあるものを何とかやりくりして食いつなぐ感じでしたね。

ちょうどお米を買いに行く途中で被災したので、米が残り2キロしかなく、かなり焦りました
……ですが運よくパン用の強力粉を10キロ(食パン40斤分)買いだめしていたので、なんとかなるかな、と。

被災中のご飯

ホームベーカリーでうどんも作ってました。
うどんの粉は、強力粉と薄力粉を適当に混ぜて「なんちゃって中力粉」を作ればOK。
カロリーも取れて腹もちもするので重宝します。
ホームベーカリーがこんなシーンで役に立つとは

電気さえ通ってしまえば、ホットプレートなどで料理ができるのでそれほど不便は感じませんでした。
ただ、何度も繰り返しになるけどとにかく「水」がないんですよね。
いかにして水を使わない料理をするか、それが一番の悩みの種でした。

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